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文鳥のこと

最近、文鳥を飼いたくなってしょうがない。独り暮らしで家を空けていることが多く、ずぼらの癖にすることも多い俺が飼っても落鳥させるのがオチだから、ずっと自制しているのだが、Webなどで文鳥の動画を見たりして、つどつど昔飼ってた文鳥たちのことを思い出して、少し切なくなってしまう。
初めて手乗り文鳥が家に来たのは8歳の頃。知人の家で飼われていた手乗り文鳥と遊んだことで欲しくなってから、親にねだり続けて、嘘の寝言までいって、やっと飼って貰った。親は嘘だと当然気付いていたのだが、その姿が可愛らしかったのだろう、根負けして飼ってくれたのだ。
5羽ほど飼った文鳥はいずれもピーちゃんと名付けられ、家族に可愛がられた。しかし、天寿を全うしたものはなく、逃がしてしまったり病気で死なせたりと、悲しい別ればかりだった。
初代ピーちゃん(桜♂)は初めて飼った文鳥であり、全く未知の存在だった文鳥について多くのことを教えてくれた。とても元気な奴で羽切をしてなかったせいもあり家の中を飛び回って、飼い主の行くところどこへでも付いてきた。末っ子の俺には弟のような存在でもあった。しかし5年目の夏に誤って外に出してしまい、そのままどこかへ飛んでいってしまった。必死になって探し回ったけど、どこにも見あたらず、それっきりだった。あんまり泣きすぎて父に叱られるぐらい泣いた。
別れがあんまり悲しかったので二度と飼うまいと思っていたのだが、親が高校の合格祝いに買ってやるといい、二代目(白♀)を買ってもらった。既にかなり大きくなっていたこともあってなかなか人慣れせず、寂しいのか籠から出すと、ずっと鏡の前でじっとしているような奴だった。初代は朝になると籠から出せ出せとうるさかったのだが、二代目はそういうアピールをほとんどしない。ただ、ラーメンの味を覚えてしまい、我々がすすっているのを見ると、その時だけは必死で出してくれるよう騒いでいた。おとなしすぎて可愛げのない奴だが、それでも家族の一員として愛されていた。彼女はトリコモナスで亡くなってしまった。手の中で看取ったのだが今でも心が痛む。呼吸が荒くなり、クチバシの色が紫色に変わって、最後に一つ呼吸をしたきり動かなくなってしまった。手の中に抱いたまま、1時間近く泣き続けた。
3代目(桜♂)は初代を彷彿させる元気な奴だった。自分で指し餌をして育てたこともあり、とても懐いてくれた可愛い奴だった。通学・通勤で家を出る時には「行かないで!」とカゴの中で大騒ぎするのが愛らしかった。社会人となって家を離れてしばらくたった冬の寒い朝、カゴの中で動かなくなっていたそうだ。享年5歳。気候が急激に変わったため、いつもの冬なら保温のために掛けている覆いを掛け損なったのだ。
子どもが皆、家を離れて寂しかったのか、親はまた文鳥を買った。4代目(白♀)は父が指し餌をしたが、雛の頃に良く手のなかで眠らせてやったせいか俺に一番懐き、籠を開けるとまっしぐらに飛んでくる。そして手の中に潜り込んでじっとするのだ。頭をなでてやるととても喜び、尻尾を振るのが面白く、可愛らしかった。少し身体が弱く、気をつけてはいたのだが、4年ほど経ったある日突然亡くなってしまった。理由が全く分からず、あっけなかった。前の日まで餌も普通に食べていたのに。
もう飼わないでおこうと俺は思ってたけれど、親が5代目(桜♂)を買ってきた。その頃になると俺は家を出ており、たまに実家に寄った折りに遊んでやるぐらいで余り付き合いはなかった。目が弱くなってきた親に変わって爪切りや羽切をしてやっていたのだが、2年足らずで親が不注意から逃がしてしまった。
書いてきて思ったが、俺ら一家には文鳥を飼う資格はないのかもしれない。逃がしてしまったブンチョウの末路を想像するたび、申し訳なくて落ち込んでしまう。