Look at the Bright side of things

Anderson's Blog - since 2005

恐るべき農家

大学の同期に農家出身の奴がいる。学生時代は俺と同じく芸事好きで、それなりに熱心な奴だったから、稽古を続ける意味でも関西で勤めたらどうだと盛んに勧めたのだけれど、いろいろあってなぁ、と卒業後に実家の田舎に帰ってしまった。地元の役場にコネで勤めており、農業をしている訳じゃないのだけれど、再開するたびに苦労が顔に出るようになっていった。
何年か前、奴の家に泊まったことがある。改装したらしく檜の香りも新しい、ほぼ新築の2世帯住居となっていた。結婚でもするのかと尋ねると、相手がいるわけじゃないが、改装はそのための準備だという。?マークが顔に表れた俺に奴は沈んだ顔で説明してくれた。
「農家の長男ともなればなかなか嫁のなり手がいない。嫁がいないと地元に落ち着いてくれないし、離れてもらっては親である自分たちの面倒をみてもらえなくなる。だから、いつでも立派な嫁を迎えられるように立派な家をお前のために建ててやった。よってローンの名義はお前にしてある。この家にずっと暮らして、嫁を迎えて、わしら親の面倒を見ろ」とのこと。俺にはサッパリ理解不可能な論理だった。財産放棄して逃げたらどうだというと、「世間体もあるので無理だ」という。何を気にすることが有るものかというと、「俺じゃなく親の世間体だ。田舎じゃ世間体が全てなんだ。俺はいいんだが責められる親が不憫だ」と苦しい顔になった。
俺だったら勝手にローンを背負わされた段階で親と大喧嘩をして、裁判してでも絶対に払わないし、親と縁を切るのも辞さないと焚きつけてみたが、奴はしょんぼりするばかりだった。
どうにもその態度が理解できなかったのだが、昨日みつけた「農家の恐ろしい実体」を今日一日掛けて読んでみて、何となく奴の背後にあるものが理解できたような気がした。奴はとても良いやつで、わがままな俺によく辛抱して付き合ってくれたし、気配りの人でもあった。親も読書人ということもあって、かのサイトに有るような長男教に侵されているような家風ではなかったのだが、それでも農村の論理が浸透しているのだろう。
俺も独身だから偉そうには言えないが、今に至るまで奴に嫁は来ていない。家に嫁ぐという認識でいる限り、妻と結ばれる、配偶者を得ることはないのだろう。もはや家と結婚する「嫁」なんて存在は絶滅してるんだし。そんなのは俺の親の世代までじゃないのかな。つまり、すくなくともかのサイトに示されるような農家は40年近く世情から遅れてるのである。これは生半なことでは現状には追いつけまい。
将来に希望も持てず、好きな稽古も出来なくなった奴はすっかり腐ってしまって、ほとんど鬱になってしまっている。何とかしてやりたいのだがなぁ。