Look on the Bright Side of Things

Anderson's Blog - since 2005

過去への時間旅行・唐揚げをめぐって

昼飯を食っているときにふと、タイムパラドックスの事を考えていた。小学4年生の頃、ドラえもんタイムパラドックスに気付いた。のび太ジャイ子との結婚を回避すれば、未来においてドラえもんを過去に派遣する理由そのものが無くなってしまう。するとのび太ジャイ子との結婚を回避できず、またドラえもんが送られてきてしまう。するとジャイ子との結婚が回避され・・・という具合になってしまうのである。
もちろんこれを回避する理屈はある。「タイムシップ」などで採用されている多重世界解釈である。これにもいくつかのパターンがある。ドラえもんが派遣される時点で世界が分岐し、ジャイ子との結婚が回避される世界と、そのままの世界が生まれるパターンと、ドラえもんのび太ジャイ子との結婚を回避するであろう並行世界の過去へ旅しているというパターンなどがある。この考え方なら矛盾は生じない。
昼飯を食っていてふと思ったのだが、昼飯の鶏の唐揚げを食っている自分がお金をかけずに唐揚げをたくさん食べるため、食べる前の唐揚げを当てにして3分だけ過去に戻るとする。すると自分は過去に戻ろうとした時点で、唐揚げをはき戻す自分と、胃に収めたままの自分に分化してしまう。そして過去に戻った時点で過去の自分を押しのけて唐揚げを食べ直せば2倍食べる事が出来る。
過去へのタイムトラベルの際はこのように分化を必然的に要求する。矛盾の無い説明を求めると、いまのところ必ず多重世界解釈に行き当たるのである。
もちろん、分化しないパターンもあり得る。それは過去に戻るには自分も含めて必ず時間軸を巻き戻す必要があるとする場合。しかしこの場合はタイムトラベルの意味が無くなる。唐揚げの吐き戻しを要求されるため、唐揚げを胃に収めたまま時間逆行する事が出来なくなり、2倍食べる事が出来なくなるからだ。
未来へのタイムトラベルの際は少々話が変わってくる。理論的には未来へのタイムトラベルは現在でも可能である。相対論的効果を利用して自分の時間の流れを遅くすればいいだけの話だからだ。多重世界の未来へ移動する場合は、過去へ向かう場合と同じように分化が発生する。
何となくこの辺にこの世界の基本ルール、あるいは我々の世界認識のあり方とその限界があるような気がしている。