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黒澤明特集

録画しておいたBS2黒澤明没後10年特集をあらかた片づける。久しぶりの休日カウチポテト。10年特集といっても没後すぐに作られた特集番組の再放送もある。特に面白かった逸話を幾つかメモ。
黒澤と仲の良かったらしい、油井昌由樹氏の話:「まあだだよ」の脚本が上がった時に油井氏は山田洋次監督と共に呼ばれて一番最初に読んだらしい。黒澤は二人の後ろをうろうろしつつどのあたりを読んでいるか確認し、ここだというところでCDプレイヤーを操作してBGMを流したりしていたそうだ。なんだかカワイイ。
デルス・ウザーラの撮影ではかなり苦労したそうで、それ以降、その時に使っていた帽子をいつも被っていた。それはあれだけ大変な撮影をしたんだから、なんだってできるんだという気持ちを帽子を観て奮い起こすためだそうだ。
仲代達矢氏の話:「乱」の撮影時、仲代は朝の3〜4時頃から4時間かけてメーキャップしていたのだが、いざ撮影に入ろうとすると、黒澤が「今日気分悪いから中止〜」とか「僕きょう二日酔いなんだよね〜」とかいってその日の撮影を中止することがたびたびあって、その度に仲代はガックリ来たそうな。
同じく「乱」の撮影時、燃える居城から幽鬼のように主人公が現れるシーンでのこと。海外からのプレスも沢山来ており、場外では数百人の群衆役が仲代を待ち受けている。消火用の消防車も沢山用意されている。しかし階段が急であわてて下りると転げ落ちる危険がある。NGとなればン億円かけた城のセットがムダになるというプレッシャーの掛かりまくるシーン。仲代は黒澤に「足の裏に目があるから」と自信を示す。仲代は城の内部で待機することになったのだが、いよいよ城を燃やす段になって付いてきていた助監督が仲代に防炎服の場所を示し「危なくなったらこれ着て、ここから脱出して下さい」と脱出口を示した。そこは蓋を開けると滑り台になっており、そのまま城から脱出できるようになっていたのだ。説明が終わると助監督は仲代を残して城から出て行く。仲代は黒澤からの指示が流れる無線機の側で一人ぼっち。無線機からは「仲代君そろそろ行くよ〜」と黒澤の声。ここは落ち着かなければならないと仲代は腹をくくる。「そろそろだよ〜」だんだん煙が仲代の周りにも漂ってくる。「もうすぐいくよ〜」外から見える城は盛んに炎を上げている。「よし、いこう!」黒澤のGoが掛かるが、仲代はあわてて出て行くと返って転げ落ちて失敗してしまうと、気を静めて間合いを置く。「仲代君!出てきて!」仲代はなおも出ない。「どうしたんだ!仲代君!」黒澤は慌てだし仲代を繰り返し呼ぶ。そこで仲代は悠然と幽鬼のように出口から姿を現し、ゆっくりと階段を下り始めた。鬼気迫る演技が見事に決まり、無事にシーンの撮影が終わる。黒澤は仲代を呼び「どうしてすぐに出てこないんだ!あと3秒遅れていたら中止してたよ!」と怒ったという。
仲代が黒澤映画に始めて出たのは「酔いどれ天使」のエキストラだったが、カットされたのか埋もれてしまったのか、映画には登場していない。やっと写ったのは劇団の研究生時代に出た「七人の侍」の通行人の侍役。しかし一瞬で終わるはずのシーンなのに、黒澤は「なんだあれは!」「最近の役者は歩き方も学ばないのか!」などの罵詈雑言を浴びせられ続け、3〜4時間のあいだずっとああでもないこうでもないと苦しんだという。それ以降、仲代は役をもらうとまず、その人物の歩き方の研究から始めるようになったそうだ。
「影武者」の撮影の話。仲代は武田信玄とその影武者の一人二役。両者が同時に登場するシーンは合成なのだが、繰り返し繰り返しリハーサルを繰り返した結果、信玄のシーンと影武者のシーン、それぞれ一発で撮り終えた。長いシーンにもかかわらず誤差はわずか2秒だったという。
黒澤は「七人の侍」の頃からマルチカメラで撮影するのが常だった。しかし俳優はどのカメラから観ても誰かの影になってはならないため、リハーサルではカメラの線を引き、カメラ位置を確認してから撮影に望む。当然本番では線を消してしまうので、カメラ線を意識しつつ、黒澤の求めるレベルの高い演技を行うのは大変だったらしい。

再来年は黒澤明生誕100周年。20世紀が産んだ偉大な映画監督だった。