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サボり気味のピアノと東京大空襲

熱意が薄れてきたのか、ピアノを弾かなくなっている。ま、やりたくないときはやらないでも良い。義務ではないのだから。今日は時間が取れたので、「大漢風」を観た後に弾き始めた。何となくだが、左手と右手をそれぞれ独立してコントロールできるようになりつつ有る。ちょっと弾いてなかったことで神経の最適化が行われたのかも知れない。「You are my Sunshine」もこなれてきたので、ヘ長調を少し練習。「かっこう」のメロディ部分だけを弾いてみる。「おとなのためのピアノ教本1」も後3曲。2月に始めたときには、こんな風に弾けてる自分がいるなんて思いもしなかったことだ。
いつもテレビを横で見ながら弾いているのだが、ふとチャンネルを変えてみるとドラマスペシャル「東京大空襲」をやっていた。どうせお涙ちょうだいだろうと冷ややかに観ていたが、日本軍が中国に対して行った無差別爆撃である、重慶爆撃についても少し触れていたので、おや、と思った。
爆撃が始まり、登場人物が次々に焼かれて死んで行く地獄絵図が描かれていたが、実際はこんな生易しいものではなかっただろう。爆撃を企図した人物には実際に逃げ惑い、家族を焼き殺されていく人々の姿は想像できなかったのだろうか。戦後、その人物の一人であるカーティス・ルメイに日本政府は勲章を贈っているのを知ったときには空いた口が塞がらなかった。そして今さっきWikipediaカーティス・ルメイを調べたところ、彼は爆撃がもたらす悲劇に付いて

「君が爆弾を投下し、そのことで何かの思いに責め苛まれたとしよう。そんなときはきっと、何トンもの瓦礫がベッドに眠る子供のうえに崩れてきたとか、身体中を炎に包まれ『ママ、ママ』と泣き叫ぶ三歳の少女の悲しい視線を、一瞬思い浮かべてしまっているに違いない。正気を保ち、国家が君に希望する任務を全うしたのなら、そんなものは忘れることだ。」

などと述べていることに、何ともやりきれない怒りを覚えた。地獄で永遠に焼かれ続けるがいい、とさえ思う。
東京大空襲に比べれば規模は小さいものの、俺の祖父母や母は大阪大空襲を経験している(父は疎開していた)。爆撃対象地域よりすこし離れていたので切迫した状況ではなかったそうだけれど、何にしろよく生き延びてくれたと思う。母曰く、空から降ってくる焼夷弾はとても綺麗だったそうだ。俺がいつも利用している京橋駅にも終戦の一日前、8月14日に1トン爆弾が直撃し、居合わせた乗降客が5〜600名死亡している。
日本は幸いにして、この60年ほど、そういう畜生外道の所行とはおさらばしているけれども、アメリカのバカはベトナム戦争をはじめとして、いまだにイラクで同じことを続けている。まだまだルメイのセリフが効力を失っていないのだろう。